大いなる妄想

拝啓谷内六郎さま

一枚の絵が、私の心に火をつけた。

シロホンアコーデオンハーモニカ
あなたの絵を見るの初めてではないけれど、
毎週見ていたわけだけど、
今ごろ私は気がついた。
今ごろあなたを・・・知った。

シロホンアコーデオンハーモニカ
あなたも垣根が大嫌い。
漫画?挿絵?表紙?絵画?アート?ビ・ジュ・ツ?
何でもいいじゃない、僕にはこれが見えたんだ、
僕には音が聞こえたんだもの。

シロホンアコーデオンハーモニカ
私は私は・・・あなたのような音楽が作りたい。
あなたのように音楽を作りたい。
まさにこれこそ私が作りたかった音楽・・・「絵」だけど。
私の耳には、あなたの中に鳴り響いていた音が聞こえてくるのです。
すてきだなあ、すてきだなあ、何度も言います
すてきだなあ、自由だなあ。
私は今孤独でありません。
なぜならあなたを知ったから。

シロホンアコーデオンハーモニカ
あなたの絵が、私の心に火をつけました。

新幹線のグリーン車、座席をくるりとお回しになって、
四人で楽しそうに談笑なさるあなた様。

そのお声は銀幕の大スターホニャラレか、歌舞伎役者のホニャノスケか。
なんとまあ良く透るハイバリトン。
ワゴンサービスを「お姉ちゃん」と呼び止めるその響き、アイスクリームに
「硬ーッ」と嘆かれるお声の張り。
ただのオジチャマでは御座いませぬ。

他の御三方はきっとあなたの部下なのでしょう。
なにか遠慮が伝わって参ります。
あなたの関西ジョークやご意見に、終始相づちを打ってらっしゃいましたもの。
そのユーモアたっぷりのしゃべりのセンス、
会社でもそうやって部下をまとめてらっしゃるのですね。
あ、ひょっとして社長さん?
きっとその美声が朝礼のお言葉の威厳を深めるのに、たいそう役立つのでしょうね。
ああうらやましい。

そんなあなた様に折り入ってご相談、ご相談というよりお願い。
どうかもうちょっとだけ静かにしゃべって下さらんか。
おかげ様で、わたしゃ京都から一睡もできなかっただよ。

女優に恋をした。スタッフ、出演者全員で。

3週間の稽古場で、彼女は一度も愚痴らなかった。
衣装を着ければ完璧にハムレット。舞台に上るそんな彼女を皆見守った。
命がけで上演できるのも、一致団結できるのも、女優に恋しているからなのさ。

今日も役者が美しい。
肉体は脳の一部、脳は肉体の一部。
立ち、歩き、そこに居るだけで、大輪の花と咲く。
今日も役者が美しい。
夜毎大酒を飲み、彼らは何を洗い流すのだろうか。

裏方は生きがいだ。
精鋭たちが輪を作る。
知恵を出し合い、役目を分かち、時にジョークを飛ばしあう。
楽屋での満足も、舞台袖での囁きも、客席に漏れることは決してない。
思えば震災の起きた日の夜、雑炊を作って僕の命を救ってくれたのも
裏方だった。

四本の鉄の糸が頭上数ミリの高さで張り渡され、
馬のしっぽの毛を持った弓でこすられるのを待っている。

このテンションの強さは半端ではない。
はじけば「ピン」と音がする。
それを指板に押さえつけて音程をつけるのだ。
このへんが「ド」このへんが「レ」・・・というのはあるだろう。
だが指で糸を押さえつけるのだから、
正確には斜めになって長さが変わるだろうし、
糸の太さも変わるだろう。
四つの糸はそれぞれ太さが違う。
太い方はコイル状に鉄が巻かれている。
でこぼこしたコイルは指板を削ったりはしないのか。
おお、ヴァイオリニストという天才たちよ、
君らはその四本の糸を操る。
ビブラートを掛け、ときに和音を出し、倍音を強調させたり、
糸を飛び越えたりしながら歌を歌う。
1ミリの十分の一が生死を分けることもあるだろう。
八十八個の鍵盤も持たず、ピストンもキイも持たずに、
音程を作る。歌う。
そして家族を養ったりもしているのだね。

頭の中は音楽でいっぱい。音が途切れたためしがない。
あるときは、まさに今までアレンジしていたコーダのフレーズが、
またあるときは、今見たC.M.のベースのメロディーが、頭の中でよどみなく、反すうする。
何かの音楽を聴いているとき以外のすべての時間、わたしには何かの音楽が
聴こえている。

かのシェークスピアは戯曲「ハムレットの狂気」の中で
「死んでも夢は見るだろう」 と言った。

そうだ死んでも夢は見るだろう。死んだら夢の世界に行くのだろう。
この現世と夢の世界の、唯一共有するものが音楽かもしれない。

「ただいま掛川駅を通過・・・・・」
林を切り開いたようなこの辺に、点在する大工場。
つぎつぎと車窓に映し出される。
シセイドウ・・・ポカリスエット・・・ポーラ・・・。
そして工場の周り一帯、建てられたばかりの住宅。
りっぱな新興住宅地だ。

さっきの工場にこの家から通うのだ。
確かに工場のもつ大駐車場には、満杯の軽自動車が停められていたもの。
もし僕が、何かのご縁でこの土地に移り住んだら、
やっぱりまず工場に行ってみたい。
中はどうなっているのか、食堂はどんなか、
何か面白いものはないか見てみたい。
しかしそこには役に立つ人間しか入れまい。
僕は工場にいて、何かの役に立つのだろうか。
やっぱり憩いの場でピアノを弾く位しかできないか。
そういえばたった今、「ヤマハ音楽教室」の看板が目に入ったぞ。
そうなるとここら一帯の音楽の先生か・・・。
僕に先生が務まるだろうか。
少なくとも工場勤めよりは役に立てそうだ。

どちらにせよ毎日はどんなだろうか。
単調なんだろうか。息抜きには何をしよう・・・。
憩いの場は、とりあえずあの大きなパチンコ屋だろうか・・・。
家もとりあえず広そうだ。庭もある、山もある。
僕はそこで、どんな曲を書くんだろうか。
沼もある、坂道もある、林も深そうだ。
どんな曲を書くんだろうか。そもそも曲を書くんだろうか。

どんな生活どんな私どんな僕
・・・まどろむうちに、名古屋に着いた。